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ひろば 精神現象学 原稿

書評誌ひろば159号の過去の原稿だぜぃ!


リード文:『知の旅』
本のタイトル:『精神現象学』
著者:G.W.F.Hegel 長谷川宏 訳
出版社:作品社

 ヘーゲルが書いた『精神現象学』は、ご存知のように西洋哲学の中でも最高峰に位置する。
意識は、「感覚的な意識」から、主客の関係性に目覚めた「知覚」、更に一般化されて「科学的思考」と変遷する。
「科学的思考」の節では、疑問に思うところもあるが、ヘーゲルが、一般人が絶対知に至る、
という科学そのものの研究をしていたのは非常に面白い。
 それとともに、対象の把握も変遷する。「観察する理性」は「自我の存在は物である」という極致へ上り詰め、
「純粋な洞察」と「啓蒙思想」によって、実用性の面からのみ考察される。
 物の知は「道徳的自己意識」となり、更に「良心」の段階になると、
精神と、精神の意識とは和解する。神を直観するだけでなく、神が自分のうちに宿ることを直観する。
 一方、単一の概念が永遠の存在を放棄し、世の中に身を投じて、行動に出る。
潜在的な否定力がおもてに出てきて、おのれを破棄し、自分に引きこもる個と、一般原則に分裂するが、
精神全体のうちにおける個々と、個々が概念にふさわしい形に定着することが要請されると、
存在と概念は一体化し、精神は「学問」となる。しかしその内部から、純粋な概念が出現し、
概念は出発点である「感覚的意識」へと移行する。こうして、知の旅は見事な円環となって閉じる。
 本書では、ある意識が生まれ、それについての分析をしている内に、内部に孕む矛盾性が露呈し、
分離してしまう。分離が進み、もうどうしようもないと思ったところで、くるっと合一へと進む。
合一、つまり弁証法的止揚のことだが、が完了すると、ほっとしたかのように、章が終わり、次なる段階へと進む。
 人間の歴史を、弁証法によって必然的に説明できないだろうか?そう、悪戦苦闘している様が全体から感じられる。
しかし、そういった、先の見えないところこそがこの書の魅力と言えよう。一般に哲学書というと、出来上がった体系のものが多い。
だがこの『精神現象学』は、模索しつつ、何とか前進してゆく。その有様は人生そのものであり、読後に得られるものは、
きっと人生へと還元されるに違いない。

(863文字)

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テーマ : 書評
ジャンル : 本・雑誌

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東京大学理科一類
物理工学科進学
そのまま院進学
医生系海外院行きたい。
よろしくおねがいします。

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