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神々の沈黙

神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡 (単行本)
ジュリアン ジェインズ (著), Julian Jaynes (原著), 柴田 裕之 (翻訳)




とても面白くて、二日で読了。(1Q84の前日。1Q84は一日。)

全体の解説はhttp://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1290.html

に立派なものがあるので、割愛。

以下感想を書く。
アイデアの爆発。

そもそも意識とは何か?

「動物に意識はあるか?」と問う前に、意識を規定しよう。

概念、学習、経験、思考、理性、には意識は必要ではない。という消去法で議論が進む。

意識が作られる過程で、二分心という状態が生まれた、と仮定する。

そこでは右脳から聞こえる神々の声に従って人間は行動していた。

『イーリアス』を見ると・・・・・・



何度かこの本について考えてみたが、ところどころ引っかかるところがある。

・細かいところで、左利きの人が○○というパターンを認識するのは55%で(顔の表情の認識)、… とあって、 それが高いとしている。全然そんなことはない。

・日本は当てはまるのか。日本の昔の言語は、やはり肉体的描写が多く、精神的(内面的)描写が少ないのか。



しかし、面白いところもある。

右脳=神 で、ストレスでトランス状態に入った人が、詩的(歌的)なことを言い出す。

というのが本当なら、57577もそうだったのかもしれないな、と思った。

言語の理解は左脳、歌の理解は右脳、なら、57577は右脳で(短歌)、同じ文芸作品でも、物語や散文は左脳の領分なのかもしれない。



意識は言語なしにあるか? どうかという問いには、言語を使っている時に意識が判別できる。と返せる。

神は右脳だったのか? 神は自然現象というのとどう折り合いをつけるか? 当時の人には、畏怖させるもの=神だったのかもしれない。



脳のはたらきをもっと知りたい。

一方で、右脳のことを、左脳的に解析することは出来るのかという疑問もある。

今は左脳社会なのかなあ。コンピューターとか、社会が数字で回っていたりとか。だから芸術に飢えるのか?

芸術がストレスの反動で生まれるなら、それ故偉大な芸術家は短命なのか?とか、



意識は意識をどれだけ理解できるのか?

脳は脳をどれだけ理解できるのか?

といったある種哲学的な問題も生じる。

どうやったら理解できるか、そういう方針で考えたい。



また、意識が生まれたのは、脳の構造が言語の編成に伴って後天的に変化したからなのか?

もし、そうなら、変化前の脳を、変化後(今)の脳が理解できるのか?

それには想像力が相当に必要だろう。

神々の声の名残か、ひらめきを逃さないこと。

そうやって、感性を鈍らせないこと。

思いつきが何か、それを研究するのが先決だろう。まずは現代人の脳を分析・理解することから始めるといいんじゃないか。



この本はいんちきだ、まやかしだ、とずばっと切り捨てられない。

読み手の認識を、変えてしまう。

曇りなき目を持つように、あるいは、日常が輝いて見えるように。そうした認識の変化や向上こそが人間の歴史だと思うから、この書は非常に良い本だ。



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Author:Yuki
東京大学理科一類
物理工学科進学
そのまま院進学
医生系海外院行きたい。
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